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今村教会堂

隠れキリシタンの中心地

今村教会堂が建っている今村地区は、早い時期からキリスト教徒が多く、戦国時代、1560年代にはすでに信徒がいたとされています。
その時代は、大友宗麟が支配をしていて、外国との交易があったことから、キリスト教の宣教師がこの地に入り信仰が広まったと見られています。

江戸時代に入ると、禁教令が敷かれますが、それでも信仰に厚い信者は様々な工夫をして崇拝を続けていました。
一般の日用品に見えるものに細工をして、崇敬の対象となる像を彫り込んだり、絵の中に巧みにキリスト像を入れたりしていたのです。

その後、江戸幕府が終焉を向かえ明治6年になると、キリシタン禁令が解除されました。
そして、再びこの地での布教活動や教会の建設などの活動が盛んになっていったのです。

海外からの寄付が大きな力となって建設される

その後、明治29年になると、第4代の主任司祭が教会を建設することに着手しました。
しかし、立派な教会を建てるためには資金が必要だったため、日本国内だけでなく海外からも寄付を募ります。
その声に応じてたくさんの寄付が各国、とりわけドイツから集まり、聖堂建設にこぎ着けたのです。
聖堂の着工は、1912年に始まり1913年の年末に完成しました。

大正時代によく見られる赤レンガによる建築様式で、重厚かつ洗練された造りとなっています。
とりわけ、正面の六角形のダブルの塔は大きな存在感を放ち、威厳を与えています。

教会の内部も荘厳な造りとなっていて、礼拝堂の音響構造も非常によく考え抜かれたものです。
そのため、音響機器がなくても音がよく聞こえ、ミサを行う時などは神聖な雰囲気に包まれます。

信者だけでなく市民にも愛される建物

この今村教会堂は、一宗教施設としてだけでなく、文化財としても貴重な価値を有しているため、福岡県によって指定有形文化財に指定されています。
大正時代の建築様式を伝える代表的な建物として、建築家にも注目される教会なのです。

信者である人々はもちろんのこと、地元の人々にとっても愛着がある建物であり、福岡の歴史を伝えるものとなっています。
また、観光名所としても名高く、全国から教会の内外を見学するために観光客が訪れます。

特注の赤レンガによって醸し出される建物の威厳ある様はもちろんのこと、内部に入って見られるステンドグラスや、フランスの画家によって描かれたとされる、キリスト受難の絵画なども大変貴重で、美しいものです。
こうした芸術的な要素からも人気が高い教会なのです。

現在でも常にミサなどが開催されていて、人々の心のよりどころとなっていますし、観光スポットとしても人気があります。
この地域を訪れる予定があるなら、情報を調べて寄ってみるのも良いでしょう。

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