お城   教会   神社・お寺   その他  

柳川城

お堀めぐりで有名な柳川

柳川藩10万9000石、城下町として栄えたというこの柳川は、昔ながらの美しい城壁の建物など、その風景が当時をしのばせます。
多くの観光客がこの地をおとずれ、風情を楽しんでいくといいます。

柳川の観光は、先ずお堀めぐりがあります。
屋の堀割を「どんこ舟」で巡ります。
どんこ舟でゆったりと川を巡っていく前に、柳川の歴史を少し知っておくと、色々と想像できて楽しいです。

鎌倉時代から戦国時代にかけて柳川をおさめていたのは、蒲池氏です。
蒲池氏は築城した平城が始まりとされていますが、柳川城が整備に力を入れるようになったのは、江戸時代になってからです。
天正15年、蒲池氏に代わり立花宗茂が柳川城の城主となります。
その時から回収を始めるのですが、慶長5年の関ヶ原の合戦によって、豊臣秀吉の味方としたとされ、宗茂は浪人となってしまいました。

石田光成を捕らえたという功績をたたえられ、田中吉政が柳川城初代藩主となり、この時大改修が行われて、天守閣、彫割などが完成したのです。
歴代藩主の居城となってきた柳川城、結局美しく堅固だった柳川城は、現在、店主跡高台が残っているだけです。
つまり柳川に、この柳川城を理解できる跡はほとんど残っていないんです。
しかし城下町として栄えたその町の雰囲気は今もそのまま残っています。

立花宗茂、柳川藩への復帰

立花宗茂は、江戸時代はじめ柳川藩を納めていた田中家が後継ぎがないということで、柳川藩に復帰します。
関ヶ原の戦いで改易した大名が立花宗茂です。
元和6年から明治4年、廃藩置県で藩制度の廃止となるまでこの立花氏が12代にわたり柳川藩主を務めました。

5代藩主貞俶が柳川城の敷地内に別邸を移築し、明治期、100畳の大広間から眺めたとき美しい庭となるように計算した松濤園を整備します。
現在の柳川藩主立花邸 御花です。

庭園を含む7000坪の敷地全体が、立花氏庭園として国の名勝となり、御花に歴代藩主の甲冑、さらに様々な大名道具などを展示する資料館などが作られました。
明治43年に迎賓館として作られた西洋館なども非常に魅力的です。
お堀めぐりと合わせて柳川藩主の当時の様子をしのばせる道具なども見ておくといいでしょう。

柳川は文豪のふるさと

柳川は、文豪の有名人が多いという事でも知られています。
詩人の北原白秋がその一人です。
熊本県に生まれた白秋は実家のある柳川で育ちます。

江戸時代から栄えた商家で造り酒屋だった実家ですが、白秋16歳の時、火災で大半を焼失し、酒造が全焼してしまったことで家計が一気に傾きます。
そのころから白秋は現実を逃避するように詩歌創作を始めたといいます。

白秋の詩集、思ひ出には故郷に向けて作った歌が多草なります。
現在、火災によって焼失した実家の一部復元など行い、一般公開されています。

No comments.