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海津城

山本勘介が築城した海津城

甲州流の築城の模範となったといわれる名城、この海津城は、山本勘介が築城した名城です。
川中島をすべて見下ろすことができる海津城は、当時、戦いの戦略的なポイントにありました。
三方が山に囲まれていて、西は南北に流れる千曲川があります。

地形的に戦術を向上させてくれる場所だったのです。
自然の地形なのにこれほどまでに堅固な作りをした場所があったかどうか、多分この場所以外ないのです。

激戦となった第4回川中島の合戦では、かの名将武田信玄がこの海津城を基地として出撃しました。
永禄3年、この海津城が完成し、書物「甲陽軍鑑」によると謙信との合戦に備えたのです。
信玄はこの海津城の築城を急ぎ、山本勘介はたった80日で作り上げたといいます。

この当時、建築物を作るという事は非常に大変なことで、たった80日という短い期間でこの城を作り上げたというのは驚異的なことです。
その速さもさることながら、この城は非常に美しい景観を持っていたことにも驚きます。

名前がいろいろ・・・海津城

築城当時、海津城と呼ばれていたこの城は、関ヶ原の戦いの前、城主森忠政が待城と呼びましたし、その後、松平忠輝は松城と定め、真田三大藩主幸道が利用した時には松代城としていました。
この城が海津城と呼ばれるのは、この城が海のような千曲川のほとりにあったからです。
寛保年間の瀬直しによって城は川岸から離れたのです。
明治には廃藩置県で廃城となってしまい、結局石垣が残るのみとなったのですが、やがて復元されて、かつての美しい海津城がよみがえりました。

平成の大普請で太鼓門、北不明門など復元されました。
現在、復元された本丸の石垣に上がると、かの名将上杉謙信が陣を張ったといわれる妻女山をよく見渡すことができます。

長野県の松代市

海津城のある長野県松島町は三方を山に囲まれていて、北川には千曲川が流れる美しい水と緑が魅力的な町です。
歴史的にみると、真田十代十万石の城下町として有名な町です。
海津城は国の史跡です。
他、国の史跡として真田邸、文武学校、長国寺の重要文化財として旧横田家住宅などがあります。

数多くの武家屋敷などがあり、また寺院、町屋、池、路地など、昔ながらの町並みが広がる非常に美しい町です。
松代町の中心部は、伝統環境保存区域として指定されています。
松代町には初代藩主真田信之、佐久間象山、さらに真田藩中興の祖といわれる恩田杢などがいます。

沢山の史跡と美しい自然が織りなす景観、さらに歴史的建造物等魅力的な場所がたくさんあるのが松代町です。
その美しい景観と共に、当時の面影をしのばせる海津城、一度見ておきたい美しい歴史の残存です。

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