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お城

九州は日本における城の始まりの地

九州は、朝鮮や中国と一番近い地点に当たるため、外国からの敵襲来に備えるという目的で、飛鳥時代より国防施設が建造されてきました。
その始まりは、西暦663年頃で日本最古の城もこの時代に作られました。

とりわけ、福岡県太宰府市周辺にはこうした施設がいくつかあります。
代表的なものは水城で、海岸線に1.2キロに亘って土塁の防御線を張っています。
高い土塁と堀の二重構造になっていて、船による襲撃を水際で防げるようになっています。

そして、この水城の後背には大野城が築かれました。
この大野城は、土塁と石垣がメインの国防施設で、防人の待機場所や倉庫などの建物もたくさん建てられました。

この水城と大野城は、博多湾からの襲撃を防ぐためでしたが、有明海からの襲来も予期していたため、こちら側の防御をするため、基肄城も建てられました。
佐賀県から福岡県に至る4キロ以上の土塁を築き、多数の倉庫をも建造しています。
そして、500人ほどの防人が軍団を構成し、国防に当たっていたとされています。

江戸時代には様々な大規模な城が建造される

さらに時代が下り、戦国時代には九州地方にたくさんの城が建てられました。
しかし、戦争の火により倒壊と再建が繰り返され、現在までその形を留めているものはほとんどありません。

しかし、江戸時代に入ると、徳川の側に立ち恩賞を受けた大名がこの九州の地に入り、大規模な城を建て始めます。
当時の技術と資金をフルに用いた城ばかりで、こうした城は現在でも形を残しています。

そのうちの1つが福岡城で、まさに福岡市の中心地に位置しています。
広大な縄張りを持ち、この地方における最大の城となっています。
文化的にも重要な建造物や工芸品なども収蔵されていて、見学も楽しく行えます。
また、小倉城のように美しい庭園を持ち、散策するにも楽しい城もあります。

多くの観光客が訪れ、地元住民にも馴染みのある場所となっている

こうした城の跡は、歴史を知る上でも重要ですが、市民の憩いの場、観光スポットとしても人気があり、現在でも役割を変えて存在しています。

福岡城は、周りに舞鶴公園や大濠公園を擁し、多くの市民が散策やジョギングなどを楽しんでいます。
また、この周辺を開発して福岡城セントラルパークにしようという動きもあり、より地域に密着した形で城が存在するように変わりつつあります。

小倉城でも、この城に関するいろいろな資料を展示し理解を深めてもらうだけでなく、歴史についての様々な教室を開くなどして、市民が気軽に来られるように工夫しています。
こうして、日本における重要な位置を占めてきた城が後生にまで残されていく努力が払われているのです。

 

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